マツダは1920年(大正9年)に創業した東洋コルク工業を前身とし、1927年の社名改称(東洋工業)を経て、1984年には現在の社名であるマツダ株式会社となった。戦前は1931年に生産を開始したオート3輪が主たる製品であり、終戦後も3輪/4輪の小型トラックを生産していた。その後1960年に発表された軽自動車「R360クーペ」で初めて4輪乗用車の市場に進出、以後日本のの主たる自動車メーカーの一つに数えられることになった。
1963年には商用登録の「ファミリア バン」、続けて同ワゴン、セダンが発表され、初めて小型乗用車を生産。後に登場するトヨタ「カローラ」、日産「サニー」などと市場争いをすることとなる。1966年にはファミリアより1クラス上に位置する「ルーチェ」が加えられ、徐々に製品のラインナップを拡大していった。
一方1964年に初めてロータリーエンジン搭載車の市販化に成功したドイツのNSU・ヴァンケル社に学び、1967年にはロータリーエンジン搭載のスポーツカー「コスモスポーツ」を発売。さらに1969年に「ルーチェ」、1970年に「カペラ」、1971年に「サバンナ」と続々ロータリーエンジン搭載車を拡大した。1977年には本家NSUがロータリーエンジンの開発から撤退したため、以後マツダがロータリーエンジンのイメージを現在まで与え続けることになった。しかし1970年代前半の第1次オイルショックにより、ロータリーエンジンの最大の弱点でもあった燃費の悪さがメーカーのイメージを下げ、深刻な経営危機に立たされることになった。
しかしオイルショックと厳しい排ガス規制を克服し、1978年に登場したロータリー専用スポーツカー「RX-7」の成功で再びイメージを向上。翌1979年にはフォードと資本提携を結び、さらに1980年に登場した4代目ファミリアの大ヒットにより業績は回復した。1984年には社名を東洋工業からマツダ株式会社へと変更された。また1981年のオートラマ店(日本フォード)に始まり、1989年のユーノス店およびオートザム店を設立し販売チャンネルを急速に拡大していった。特にユーノス店から発売された小型オープンスポーツカー「ユーノス ロードスター」は世界的に大ブームを巻き起こし、数多くのフォロワーを生んだ。
ユーノスロードスターはヒットしたものの、急速な車種ラインナップの拡大とバブル経済の崩壊によって90年代の中頃より再び窮地に陥り、1996年には資本提携をしていたフォードとより関係を強化。同年マツダはフォード傘下となり、フォード出身の初の外国人社長であるヘンリー・ウォレス氏が正式にマツダの社長に就任、同時に多すぎた車種ラインナップも整理された。1996年には「オートザム レビュー」をベースとしたコンパクトカー「デミオ」が登場し予想を超える大ヒットモデルとなった。
2002年にはスポーツクーペ不振の時代背景と厳しい排ガス規制が相まって、長らく生産され続けたロータリーエンジン搭載のRX-7が生産を終了し、一時ロータリーエンジンの歴史が途絶えた。しかし翌2003年には新開発のロータリー搭載車「RX-8」を発売し、「ZOOM-ZOOM」のキャッチコピーを掲げたマツダの新しい商品群である2代目デミオ、アクセラ、アテンザなどとともにスポーティなイメージを前面に押し出し、フォードグループ内で確固たる地位を築き現在に至っている。
| 正式社名 | マツダ株式会社 |
| 設立 | 1920年 |
| 代表 | 代表取締役社長兼CEO 井巻久一 |
| 本社所在地 | 〒730-8670 広島県安芸郡府中町新地3番1号 |
| ホームーページ | http://www.mazda.co.jp/ |